セミリタイア生活が半年ほど続いた頃、私は自分でも予想だにしなかった「異変」に直面することになりました。それは、誰の身にも起こりうる、けれど多くの人が見落としている「自由の代償」でした。今回は、私の喉に起きたトラブルと、そこから学んだ「声を出すこと」の重要性について、等身大のエピソードをお届けします。

突然の異変
その異変は、ある晴れた日の午後にやってきました。妻に対して、いつも通りの何気ない一言を発しようとしたときのことです。何か喉の奥がイガイガするような感じで、声がかすれててしまう。何とも言葉にできない違和感を覚えました。出そうとした声が、思うように前に出てこないのです。
風邪を引いたときのような喉の痛みがあるわけでもなく、熱があるわけでもありません。ただ、喉が重く、ぎこちないのです。最初は「少し乾燥しているのかな?」くらいに思っていましたが、数日が経過しても状況は変わらず、ますます喋るのが面倒くさくなっていきました。
次第に私は、どんよりとした不安にかられるようになりました。「もしかして、喉頭がんのような重い病気なのでは?…」。ネットの検索で症状を打ち込んで、詳しく調べましたが、自分の症状とよく一致する例は見つかりませんでした。最終的には「やはりお医者さんに診てもらった方がいいな」と思い、耳鼻咽喉科を受診することにしました。
診察室で、口から細いカメラを入れられる精密検査。お医者さんに「あー」って言ってなどの指示を受けながら、モニターに映し出される自分の喉の様子を見ていました。
ところが、検査後、医師から告げられた診断結果は、私の予想と異なり、「喉そのものには、全く異常はありませんよ。炎症も腫瘍も、病変などは一切見当たりません」と。重い病気ではなかったと、ほっとした一方で、一つの大きな謎が残りました。「じゃあ、どうして私の声は、こんなに出にくくなってしまったのか?」
喉も筋肉であるという事実
お医者さんとの会話や、その後の自分なりのリサーチで見えてきたのは、衝撃的でありながら納得のいく理由でした。それは、セミリタイア後の劇的な「会話量の減少」による、喉の筋肉の衰えだったのです。
考えてみれば、会社員時代の私は、嫌でも毎日誰かと話していました。朝の挨拶、会議での発言、部下へのアドバイス、そして同僚との他愛もない雑談、……。喉の筋肉は、仕事を通じて意識せずとも毎日フル稼働で鍛えられていたわけです。
しかし、セミリタイア生活に入ると、生活のリズムは一変します。意識して外に出なければ、一日中誰とも言葉を交わさずに過ごすことも珍しくありません。メールやSNSで事足りる現代ならなおさらです。
実は、私の喉は、病気にかかっていたのではなく、単に「使われないことによる機能低下」を起こしていたのです。足を使わなければ歩けなくなるのと同じで、喉の筋肉や呼吸に関わる機能も、使わなければあっという間に「機能低下」に陥ってしまうのですね。
この事実に気づいたとき、私は少し怖くなりました。声が出にくくなるということは、単に不便だというだけではありません。誰かと交流する意欲が削がれ、自分自身の世界がどんどん狭くなっていく…。そんな気がしました。
でも、どうすればよいのか?…。 数日間、色々と考えた結果、まずは、今の日常生活の中で「声を出す機会」を増やして、以前の状態に戻れるように「リハビリ」をしてみようと決めました。
職場をトレーニングの舞台に
よくよく考えれば、今やっているバイトは、まさに「声を出す機会」そのものです。しかも、定期的に話す機会が訪れ、自分自身で継続しようと努力する必要はないのですから、これを活用しない手はない。そう思いました。
個別指導塾での講師は、生徒に対して勉強の内容を論理的に説明し、質問を投げかけ、時には励まします。以前よりも、喉のトレーニングという意識があるので、自然と声も大きめになり、話す量も増えました。数時間の授業をこなすだけで、喉には適度な負荷がかかり、これは、いいなと思いました。
もう一つの回転寿司でのアルバイトは、塾とは正反対の「活気の場」です。周囲の雑音に負けないような、お腹の底からの発声が求められます。普段の自分なら恥ずかしくて出さないような大きな声を出すことは、個別指導塾とはまた違う種類の喉のトレーニングになります。そして、これ、実は爽快なんです。大声で叫ぶと何か気持ちがスッキリするっていうことがありますよね。そういう感じに近いです。
個別指導塾も回転寿司のバイトも、バイト単体で考えると、結構キツくて大変な割に報酬は少ない仕事です。ですが、以前の記事にも書いた通り、自分の健康にとってメリットがあると思えれば、続けられます。今でも、これらのバイトを選んで良かったなぁと思っています。

英語を話す
この2つのトレーニングに加えて、もう一つ声を出す機会を作りました。それは、AIアプリ「ELSA」を使って、英語を話すトレーニングです。「ELSA」は非常に優れたAI英会話アプリで、私はとても重宝しています。「ELSA」については、いろいろ話したいことはあるのですが、また別の記事で取り上げたいと思います。
もともと「学び直し」として英語に興味があったのですが、ELSAを使った発音練習は、これを単なる学習ではなく「喉のトレーニング」として捉えることにしました。これが私には驚くほどマッチしました。学習しながらも、健康にとってもメリットがある。バイトと同じく、継続する秘訣ですね。
私の場合、大体、毎日10~30分、長い時には1時間ほど英語を喋り続けていることもあります。これが喉にとって非常に良い運動になっています。時には発音の壁にぶつかり、なかなか上達を実感できない時期もありますが、目的はあくまで「声を出す習慣の維持」です。今ではこのルーティンを始めて2年になりますが、これからも続けていきたい習慣です。
これからの人生を豊かな声と共に
一時は「このまま一生、普通に声が出せなくなるのではないか」という恐怖を感じた私ですが、その経験があったからこそ、声を出すことができる大切さを再認識できました。声が出なければ、家族や友人と何気ない会話を楽しむことも、自分の想いを伝えることも難しくなります。会話は心のキャッチボールであり、声はそのボールそのものです。
これから年齢を重ねるにつれ、身体的な老化現象として声が出にくくなることは避けられないかもしれません。しかし、日々の習慣によって、そのスピードを緩やかにすることは十分に可能だと思います。
セミリタイア生活を充実させるのは、資産や時間だけではありません。自分の足で歩き、自分の口でしっかりと思いを伝える。そんな健康な土台があってこそ、自由な時間が活きるのだと思うのです。


